自分が出来ることを

 

 

先週館山に台風15号被害の復興ボランティアに行き、先日月曜日に帰宅しました。

未だ台風の爪痕は深く残ったまま、大変な方も多くまだ助けも必要と思います。

必ず賛否があり、言わない方が楽だし言ったら行きました自慢のように避難される方が絶対多いし、ちょっと迷ったんですがなぜ自分が館山に向かったかの理由と、自分が子供の頃からいつも単純に思っていた今回の事に通ずることのまとめを2回に分け、このブログに書いておこうと思います。うまく言えるかな。
(長くて乱文ですがお許しください)

出発当時の気持ちとしては、いろいろなご意見、状況もあることは重々承知ですが、当時電気がまだ通って無いとしても、自分の地域やSNSなどで発信できている人達は大丈夫とざっくり判断し、(ちょっと行けば電気、物資はあり調達の方法があり、助けの手がすぐ伸ばせる友人や隣人がいる。避難もできる。連絡も何とか取れたり命の危機のようなどうしようもない状況ではない。)対比としての話。

今自分のように個人事業ということもあり動きやすく、かつ一般ボランティアより装備や技術がある者は一番酷い前線に向かわなければという使命感のようなものがありました。

助けを求める手段を持っていない人がいてどうもできないような所があるんじゃ無いか。

3.11の時のように、ただテレビ画面を見ていることしかできない思いはもうしたくない。

避難先から帰宅前や帰宅後の時点で、SNSやテレビのニュースから流れる情報から特に南房総の東京湾側が深刻な被害を受けていることをあらためて知りました。

停電から6日目、千葉の家に戻ると電気は復旧しており、千葉の惨状を目にした友人たちが丁度物資を届けてくれていました。
わざわざ本当にありがとう。


あと周囲が大体復旧してきたことで足りてきたり、とりあえず緊急性がなくなったものが周りで出てきていました。
それらを今、きっと【切迫】に必要としいて、この先どうしていいか分からず途方にくれている人が同じ県にいるではないか?
勝手にそういう思いが湧いてきました。

雨が迫っているので、まずは少し飛ばされてしまった自宅屋根を簡易的にシートを張り、
千葉南部の救援準備に取り掛かります。
丁度その時、参加しているイベントグループのFBにシートや発電機があるとの投稿があったので、
それらを南に届けたいと伝え、翌日引き取りに行きそのまま東京湾側経由でとりあえずゲリラ的に困っているところがあれば助けつつ南に向かうという作戦で、とりあえず行動すると決めました。

自分の装備はチェーンソー、脚立、インパクト、安全帯、キャンプ一式、発電機、ガソリン、支援物資。

その夜、自宅で色々情報を得ている内、館山で【TUNAGARI】という3.11をきっかけに発足したボランティア団体が館山で被災したホテルを拠点に活動していることを知ります。
ここ向かった方が自分を適材適所に効率よく活動できるよう割り振ってくれるかもと思い、ここを最終目的地にしました。

出発し、道中では所々風の被害はあってもそれほど深刻では無さそうで、立ち寄った南房総市のスーパーでは水も食料も普通に有り、普段のようにフードコートで食事をされていたり、イヤホンをしながら犬の散歩をしていたりと何事も無かったような光景で少し拍子抜けでした。

あれ?俺一人勝手に真剣になっちゃってる?みたいな。

ですが、南房総市から館山に入ったくらいから街の空気が明らかに変わりました。
建物の被災状況も特に酷く半壊状態の建物も多くなって自衛隊車両を多く見かけるようになりました。

結果ボランティア拠点のホテルに真っ直ぐ行くことになり、受付を済ませ支援物資を下ろし足袋靴を履いて、自分の装備と出来ることを受付に伝えに行こうとした時、エントランス前の柵を越えた先の、高所で割れたガラスの天井を砕いて撤去している方に手伝ってくれ、と早速声がかかりまずは高所での作業を始めました。
下はプール。

その日作業を終える頃、高所でそのガラス撤去をしていた方にどこから来た業者さんなのか
聞いたところ驚く答えが!

「え?俺?このホテルのオーナーだけど。」

ボランティアはオレンジのTUNAGARIと書いてあるやつ(なんていうんだろう)を着ていて、その方たちは着ていなかったので、てっきり鳶さんか何か高所作業に慣れた職業の人だと思っていたのでおどろきでした。
まさかこのホテルのオーナーだとは思いもしなかった。

完全会員制の本来自分みたいな庶民が足を踏み入れられないようなホテルのオーナー。

このオーナーさんが後々本人からお聞きしたことでわかってくるのですが、経営者としても一人の男としてもあこがれるような本当に色々と凄く、人間的にもすばらしい方でした。
勝手ながら運命的なことも感じずにはいられない出会いとなりました。

自分は他のボランティアとはちょっと違うと思っていただけたようで、その後そのオーナーの右腕のように動くことになります。

TSUNAGARIプロジェクト2日目の朝、ガラスの割れた2階レストランは横殴りの猛烈な大雨で雨が降り込み水浸しで、一階に流れたり染み出したり大変な状態でした。
みんなで掻き出しポンプで吸い上げたりを雨が止まないのでひたすら続けました。TSUNAGARIプロジェクト支援物資がありがたかった。

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